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魏AI更新 

・行動内容
魏AI更新、詳細はtxtフォルダにて。

・更新について
昨日の今日だが魏AI更新、暫くは更新頻度高いまま続くかと。
毎回更新してる人は多分いないだろうが改善出来たら一刻も早く上げたい性分なので。
最初から完成度高い状態で上げるのがベストなんだろうが…それが出来れば苦労はしない。

・対人用AIを考える
某氏の対人用AIに対する考え方を聞いて自分の意見も纏めておこうと考えた。
大前提として個人の意見であることを強調しておく。大事なことなので何度でも(ry

対人用AIは人間の劣化代替品であり、それが覆ることは無い。
何故ならどのような視点の対人用AIでもその終点が人間の再現であることが揺るがないためだ。
人間の動きを再現するAIなら当然そうなる。字面をそのまま捉えればそれで成立する。
人間に有効な手段を取るAIも、有効な手段というもの自体が人為的思考の上にのみ成り立つ。
何故なら有効な手段とは人間の経験、知識、技量等から編み出されたものであるからだ。
その行動を取り続けるために行き着く先は同じ人間の思考回路の再現、ということになる。
そして現実的制約を顧みれば完全再現が不可能であることは周知の事実である。
個人の思考回路を組むことすら非現実的、ましてや不特定多数化など言うまでもない。
AI、つまりプログラムとしての特権をいくら用いてカバーしても人の再現には成り得ない。
よって対人用AIとは人間の劣化代替品の枠を出ることはできない。対AI用なら話は変わるが。
ならば対人用AIに価値は無いのか、と考えるのは些か早計である。
理想が人間と直接的な対戦だとしても、それが常に行えるとは限らないためだ。
つまり対人用AIには、人間と対戦できない時の対戦相手としての役割がある。
その役割を全うするためには、やはり限りなく人に近い状態にあることが理想となる。
完全な再現が不可能だとしても、そこに如何に近づけるかこそが重要なのだ。
そこで再現できない、不足してしまうものだけプログラム特権で補えば良い。

以上の思考から、自分は対人用AIを定義している。
異論、反論はあって当然だろう。それでこその個人の意見なのだから。
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